とにかく逃げろ

暮らし

今年に入り、ますます「嫌なことから逃げる」は加速しています。まずは煩わしい人間関係から逃げ、フリーランスで翻訳の仕事を始めました。そして共同生活から逃げ、一人暮らしをするアパートを見つけました。私の毎日の楽しみだったバレエ教室は、新型肺炎によって全て休講になってしまいましたが、一人スタジオを借りて練習しています。

嫌な仕事から逃げる

昨年末まで某化粧品売り場で通訳のアルバイトをしていましたが、人間関係も煩わしかったし、中国人のお客さんに私の中国語をどうのこうの言われるのも恐怖に感じてしまって、もう接客や会社勤めはしたくないなと思っていました。

しかし、アルバイトを辞める頃に、市の関係で中国語が使えそうな職の求人があり、それに応募していました。仕事内容は、留学生や国際事業の支援でした。今考えると、とても尊いし、やりがいのある仕事だと思います。お役所(?)関係の仕事だから、何よりも安定しています。周りにも安定あってこそと何回も言われました。

何度も考えましたが、最終的に行き着くのは「支援などしたくない」というところでした。新型肺炎のことも影響しているのかもしれません。自分にホスピタリティーがないからかもしれませんが、正直私はやりたくないんです。これは私の仕事ではないという感じ。

1日8時間、週5日。人生の時間をやりたくないことに費やしていいんだろうか?その問いばかりが頭をよぎりました。

ところが、自分の意に反してあれよあれよと言う間に、第二次、第三次試験へと進んでいきました。(人間本当に合格を懇願しているときは得られなくて、落ちろと思ってる時は受かるということをこの経験で学びました。笑)

そんな傍ら、翻訳の仕事を始めていました。

1月の中頃に、台湾で12年間勤めた会社に翻訳の仕事はないかを聞いてみました。するとたくさんあるとのこと。私はどのようにすればよいか勝手を知っているし、長く勤めていたということで即仕事を貰えることが決まりました。

1字いくら計算でやっているので、収入は安定はしませんが、時間を自分で調整することはできます。そこが私にとっては一番嬉しいことで、朝起きる時間も、バレエを練習する時間も全て自分でやりくりしています。

市の仕事は、最終面接まで行ったものの、直前に「辞退しよう」と決断し、試験会場にその旨を告げに行って終わりました。

ということで、嫌なことから逃げた結果、現在では翻訳の仕事に落ち着いています。パソコンの画面を眺めてる時間が多いので、ブログを書く時間がなかなか取れないのは残念ですが、誰に気を使うわけでもないので、精神的にはとても安定しているように感じます。

共同生活から逃げる

帰国してから、実家で生活していました。母のおいしい手作りご飯が毎日食べられて幸せです。お金もかからないし、守られている感はある。

でも、一人暮らしが長かったのもあって、小さなこと、例えばタバコの臭いとかお風呂に入るタイミングとか会話の内容とか…それらがストレスとなって積もりに積もり、そして遂に限界に達しました。

やっぱり一人で暮らしたいな。そう思いました。

今年に入ってからアパートを探しを開始しました。両親も歳だし、何より自分がご飯を食べに帰るのに便利なことろをと思い、近所の物件に限って3件ほど内覧させてもらいました。

そして、お気に入りの部屋を見つけました。やはりロフト付きの家で、台北で住んでいた最後のマンションに似ています。相場から言うと少々お値段が張りますが、バレエの他にはこれといった出費はないので、いいとしましょう。

やはり人間というのは、ある空間に一人でいる時、とりわけ好きなことに没頭していたり、リラックスしている時にエネルギーが受電されるのだと思います。

まだ部屋は見ていませんが、元から用もないのにIKEAとか無印良品とか家具を見て歩くのが好きなのもあって、新居で使うものをネットで見たり、家具屋でブラブラしたりして、新居を夢見ながらワクワクしています。

先日ニトリに行った時、こんなビンテージ風の家具が置いてありました。こんな感じで家具を集めたら素敵でしょうね〜。

そしてcafe & zakka Pieceさんで、こんな空色のマグカップを買いました。これでコーヒーを飲むのが楽しみです。

逃げて、そして一人で好きなように好きなことを

さて、翻訳の仕事をするようになったので、時間は自分の調整が効くようになりました。その日に完成させなければならない仕事はあるものの、時間的拘束がないって本当に素晴らしい。もう後戻りはできない感はあります。

翻訳は大好きというわけではありませんが、生活費を稼ぐ糧としては本当に自分に合っていると思います。化粧品の通訳のバイトにチャレンジしたことは、自分が何が嫌いかを知ることもできたし、日本で、組織で働く経験もできたし、あれはあれでよかったのかもしれません。

さて、新型肺炎のせいで、翻訳の仕事の合間を縫って毎日のように行っていたバレエ教室が全て休講になってしまいました。2月末の政府の要請を受けて、小中高が休みに突入するのと同様に、突然のことでした。

トウシューズがなかなか上達せず、レッスンに申し込んでいた矢先のことでショックでしたが、以前に一人で使ったスタジオを借りて我流で練習することにしました。ここなら人と接触することもないし、思う存分ドタドタできるし、安心です。

ウォームアップが終わり、寂しくトウシューズに履き替えます。

(この日は一眼レフで動画を撮ったので、映画のように上下に帯がついています。なんかいい感じ(笑))

甲を伸ばすストレッチをしながら、窓の外を眺めると、結構な人通り。不安になってるのは自分だけで、人はあまり関係ないのかも…と思ったり。

というのも、朝、目が覚めると、とりあえず部屋の窓とカーテンを開けてから、しばらくベッドの上でボーッと空を見ています。そうすると、いつもと変わらない鳥の鳴き声が聞こえてくるんです。

鳥の声を聞いていると、恐怖に包まれているのは人間だけなんだなと思います。朝が来て、嵐でもない限り鳥は鳴くし、植物は芽吹いて花を咲かせる。動植物は世界で何が起きていようとも関係ないんだな、とよく思います。

今、それぞれの死生観が問われているのかもしれませんね。
大西つねきさんが動画で語っていたことがとても心に響いたし、自分の課題でもあると感じたので、最後に自分の考えも併せてここに書いておきます。

人はいつかは死ぬ。
確かに得体の知れない流行病は怖い。
でも、そのことを受け入れる、覚悟する。
大事なのはどう生きるか。
感覚を研ぎ澄ませ、嫌な感じのするものから逃げながら、
自分のやりたい、やるべきことをやる。
そして他人の考え方も尊重していく。

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